園だより
2020.04.16
一日〇〇〇くん
普段、シャイな様子を見かけることの多いある年長の男の子。
ある日、新入園で大泣きしているひよこ組の子に、無言のまま優しく手を差し伸べている姿を見ました。
私は驚くと同時に「あぁ、何で今までこの子のこういう姿に気づけなかったんだろう」と反省しました。
私たち人間は、先入観や印象、イメージなどで、その人の人格を決めつけてしまうところがあるようです。
ときには、その人の心の中まで、全部見抜いたかのような気持ちになることも。
心の中って、本人にしか分からないはずなのに。
先日、我が子がお世話になっている園より、お手紙のようなものをもらってきました。
小さいその紙には、「一日〇〇〇くん」との題が、その下には「先生がもし一日〇〇〇くんになれたら、〇〇〇(我が子の得意なこと)ができてとっても楽しいだろうな」と、短い文章が書かれてありました。
「我が子は、こういうことが得意だったのか…」恥ずかしながら、私が思い込んでいる我が子とはまた別の姿と出会ったような気持ちになりました。
目の前にいる子どもの、どれだけのことが分かっているのでしょう。
本当の姿を、私たちはちゃんと見ることができているのでしょうか。
「錯視」という言葉を、つい最近知りました。
私の心も、そんな状態なのかも知れないなと、そう思います。
「一日〇〇〇くん」「一日〇〇〇ちゃん」
皆さんがもし一日お子さまだったら、どんなことが嬉しいですか?どんなことが楽しいですか?また、どんなことに困りますか?